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山陰線の保津峡駅

現在は嵯峨野トロッコ鉄道嵯峨野線の保津峡駅です。1989年(平成元年)3月5日に山陰線、嵯峨野-馬堀間が複線の新線へ切れ変えられJRの列車は走らなくなりました。掲載する写真は1976年(昭和51年10月から12月に撮影したものです。

山陰線保津峡駅 DD51ディーゼル機関車

山陰線保津峡駅に侵入するDD51ディーゼル機関車牽引の238ㇾ普通列車1976年12月9日撮影

山陰線保津峡駅 DD54ディーゼル機関車

山陰線保津峡駅を発車するDD54ディーゼル機関車牽引の871ㇾ貨物列車1976年10月7日撮影

山陰線保津峡駅 DD54ディーゼル機関車

山陰線保津峡駅に侵入するDD54ディーゼル機関車牽引の京都行き328ㇾ普通列車1976年10月7日撮影

山陰線保津峡駅 DD54ディーゼル機関車

山陰線保津峡駅を発車するDD54ディーゼル機関車牽引の839ㇾ普通列車1976年10月7日撮影

山陰線保津峡駅 82系気動車特急あさしお号

山陰線保津峡駅へ侵入する、京都発82系気動車11D特急あさしお1号1976年12月9日撮影

山陰線・餘部鉄橋1

初めて餘部鉄橋を訪れたのは1975年6月8日で、50ccのオートバイで自宅から2時間くらいかけて、行きました。写真の橋梁は1909年12月16日着工、1912年、1月13日に完成し、同年3月1日に開通した。全長310.59 m、下を流れる長谷川の河床からレール面までの高さ 41.45 m の鋼製トレッスル橋です。

余部鉄橋を渡るDD54牽引の普通列車

1975年6月8日、余部鉄橋を渡るDD54牽引の835ㇾ普通列車

 DF50に変わって、DD54がけん引する普通列車を撮影しました、現在と比べると、鉄橋も新しくなり、鉄橋下の風景も随分変わりました。
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 下りの急行但馬1号です。ゴミ落下の防止柵もなくすっきりとした鉄橋でした。

山陰線余部鉄橋を渡る 急行白兎

1975年6月8日、山陰線餘部鉄橋を渡る806D、58系急行白兎

 現在では見ることができない、長編成の気動車急行です。道路事情が悪かったころは、鉄道が唯一の長距離移動の手段でした。

播但線生野峠

播但線生野駅は和田山からと寺前から登ってきた頂上にあり、生野銀山の入口の駅でもあります。
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 SL時代は、和田山-寺前間には補機が付けられた。写真は昭和46年の撮影で寺前から生野峠を登るC5793の貨物列車の先頭連結されたDD54です。
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 昭和47年無煙化された後は、山陰線から転属したDD54が貨物や客車の牽引にあたりました。写真は昭和52年4月8日に生野駅の寺前側に歩いた場所で、1691レ和田山行き貨物列車を撮影しました。生野峠の頂上はすぐそこです。
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 生野トンネルを出たDD5432牽引の1692レ姫路行き貨物列車です。生野駅までもう少しの距離です。昭和52頃の貨物列車は一日1往復で貴重な列車でした。

豊岡機関区 1970年7月撮影

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 1970年7月12日豊岡駅で撮影しました。C5752
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入れ替え作業をするC5746
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 DD542は1966年に製造され、福知山機関区に配属され、山陰線、播但線、福知山線で運用されました。写真は豊岡駅で発車を待つ、貨物列車です。
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DF50504 京都駅から米子行の下り普通列車です。